科学者のタシナミ
昨日、私は工学部のある研究室へ出向いた。
実験で使用する試料を造るために、工学部のその研究室にしかない装置をお借りする必要があったのだ。引継ぎも兼ねて同じ実験班の中姉弟子と一緒に必要な荷物を持って、お向かいの工学部へ。
雪大工学部。同じ雪大なのに、学部が違うと別世界だ。別世界なのに同じ大学というのが、なんとも不思議な感じがした。単科大学出身の私には無い感覚だなぁ、と思った。あと、工学部が増改築を繰り返している校舎ということもあって、普通に道に迷いそうになった。
さて、工学部の先生は快く出迎えてくれた。
私は挨拶をして、中姉弟子と一緒に研究室へ入った。
「雪大歯学部のキサラギです。」
「よろしくね」
「雪大出身?」と聞かれたので、私は「九州修羅大学です」と答えた。
歯科業界だと伝統校で「名門だね!」と褒めてくださる方も多いが、業界外での知名度は皆無。ネットで「知名度は無いけれど地力のある大学ランキング」にエントリーするくらいだ。教授は気さくな方で話がはずんだ。
「九州から来たんだ」「いえ、地元はこっちです」「高校は?」「北です」「北!おお、北か!北高はもう雪大だからね!・・・雪大じゃないってことは、あんまり高校時代に勉強しなかったの?」「でも県立です」「北だったら同級生がうじゃうじゃいるだろう、××や△△って知っているかい?」「あ、高校同期です」「ほら、やっぱり!」
そんな感じで話をはずませながら、実験。何をしたのかというと、詳しく言ってもそれの紹介記事になってしまいそうだし、研究のことはあんまり詳しく書くことができないので、ざっくり言うけれども・・・
恒温槽という温度を一定に保つ水槽を使いながら、
チタン板に電極をつけて、
電流を流したりするという操作をするのだ。うんうん、工学部っぽい。こういう学部をまたがって研究をするというのは、総合大学って感じがして嬉しい。
だが、何もかも初めてのことで、まったく勝手がわからなかった。かくして工学部の先生から、しっかりと基本的なところから一挙手一投足を指導していただくことになった。
まず工学部の常識(先生曰く「科学者の常識」)というものを私はまったく知らなかったということがわかった。私自身は「歯学部と工学部って全然違うんだなぁ」とその文化の違いに驚いていたが、先生は私が知らなかったというか、歯学部でそういった実験の基礎的な手技を教育されていないことに驚いていた。
私が一番注意されたのが、恒温槽の使い方と、ビーカーなどの洗い方だった。
「大学でこういうこと教わらなかったかい?」
「・・・。」
「こりゃ教わってないね。大学ではどんな実習とかしていたの?」
「・・・歯を削ったり、作ったりといった実習ばかりでした」
「そっかぁ。でも、北高はSS(スーパーサイエンススクール)だったんじゃないの?」
「僕のときはSSは外されていました」
「それにしても、もっとこれをしたらどうなるかとか、イマジネーションを働かせないと。何にも考えないで手を動かしていても意味がないんだよ!」
この会話の中で、最初は「私達、科学者」と言っていた先生も「僕のような科学者はそう思うわけ」と、いつの間にか「科学者」のカテゴリーから、私はすっかり外されてしまったのであった・・・。
私は指導を受けながら、思い出したことがあった。大学時代、相棒から「徹底的に危機管理能力が欠如している」と再三言われていたこと。
そして・・・。
そもそも私は死ぬほど理科が苦手だったということを。
かくしてちょっとションボリしながら歯学部へ帰還。
すると研究室でH先生と。
「おかえり!・・・あれ、どうしたの?」
私は工学部で指導されたことを、かいつまんで言った。するとH先生がフィードバックしながら励ましてくださった。
「工学部は危険な溶液とか使うから、器具の洗い方とかそういうことにとても厳しいのよ。私たちは口に入っても大丈夫なレベルの溶液しか扱わないからね。でも、勉強になってよかったわね!」
「教授なんかね!
『恒温槽なんて消耗品だろ!』
って言っていたわよ」
・・・その教授のお言葉の真意は定かではない(もちろん恒温槽は消耗品ではない)が、私は思わず笑ってしまった。
「私はね、如月のことを文系から理転してきた子だと思っているから」
かくして私の工学部通いはもう少し続きそうである。
それでは、ばいちゃ☆