とっとこサディ太郎!へけ、今年を振り返り!
もうすぐ2676年が終わろうとしている。本当に今年はいろんなことがあった。
まず今年最大のニュースのひとつといえば、無事に卒業して歯科医師になったことじゃないだろうか。
合格者2000人を切り、難化傾向に新傾向と言われた混戦模様の第109回歯科医師国家試験になんとか合格して、晴れて念願の歯科医師になることが出来た。
しかし、それは同時に、北九州での生活の終了と、故郷札幌での新生活のはじまりを意味していた。
私は北九州で最後の最後まで青春を燃やした。
私の北九州生活の集大成ともいえる交声曲「海道東征」も、数多くの方々の助けがあって成功させることができた。この頃は、命を削って歌をうたい酒を飲んでいた。度重なる卒業旅行の隙間を埋めるように入る飲み会と合唱の練習の日程。すべてやりたいこと、すべて遊びだったが、その過密スケジュールに私はぎりぎりの状態だった。今思うと、なんて充実した幸せな日々だったのだろうと思う。
そしてやってきた避けられない別れ。
これまで私を育んでくれた北九州の街とのお別れは、最愛の恋人キレネン子さんとの遠距離恋愛のはじまりだった。これまで毎日を当たり前のように一緒に過ごしていた私達にとって、遠距離恋愛は新しい局面だった。今でも、自分で書いたとは言え、北九州を去るときのことを書いた記事は辛くて読み返すことができない。ある人から「遠距離恋愛だからこそ見えてくるものもあるし、燃えるものよ」と助言をもらったが、本当にそうかもしれないと前向きにとらえている。
そんなこんなで私を取り巻く環境は一変した。
故郷のはずの札幌は、当初アウェイとして私の前に立ちはだかった。こんなに帰って来たかった故郷なのに、私は北九州が懐かしくてたまらなかった。しかし、この進路は自分自身で決めたこと。次第と雪大の環境にも慣れてきて、かつてのような逆ホームシック状態を脱することはできた。
1補綴の研修生活は、非常に充実した日々だった。ただ、新歓と忘年会での芸出しは、私の修羅大魂を発揮するのに十分な場だった。ネタをやるのは学生で卒業かと思っていたが・・・。修羅大で学んだことがこういう形でも生かすことができてよかった。芸は身を助けるというが、そういった様々なイベントの中で私は雪大に馴染んでいくことができたのだと思う。
また、患者さんの数も増えてきて実際に臨床経験を積むようになってきた。義歯を作って患者さんに入れたとき「いやぁ、楽になりました、ありがとうございます」と笑顔で感謝されたときは、本当に歯科医師になってよかったな、と心の底から思った。もっと勉強しなくっちゃと情熱を燃やした。
自分の中の第1位はこれまで合唱だったのだけれど、歯科医師になった私にとっての第1位はもちろん歯科。なかなか札幌での新生活の中で合唱をする心身の余裕はなく、休日も父の勧めで様々な講習会や勉強会へ行くようになった。
北九州で所属していたコール・フェスタの皆さんからもお別れするときに「まず働くことです」とエールをもらっていたことが、不思議と自分の心を楽にした。
札幌もきちんと自分にとってホームになってきた・・・とはいっても、キレネン子さんに会いに、今年は度々北九州へ飛んだ。
その中でわかったことは、札幌も北九州も私にとってはかけがえのない故郷であり、最早どちらがどうとかではないということだった。キレネン子さんと会えることは嬉しかったが、別れの辛さは何度経ても慣れるものではなかった。
私が北九州へ行く一方で、同期や後輩が札幌へ来てくれたこともあった。
合唱仲間のKAZUやTESSY先輩。修羅大の同期がみんなで旅行で来てくれたり。国試の勉強仲間だったチョ・チャンカン、大親友のみっちーも来てくれた。友遠方より来る、亦楽しからずやと昔の人は良いことを言ったもので、本当にそうだ。
進路を真剣に考えた一年でもあった。大学院に進学するべきか、しないべきか・・・。
人生でこんなに真剣に進路を考えたことはなかったかもしれない。色々悩んだけれども、来年度から雪大1補綴の大学院へ進学することにした。「歯学博士に、俺はなる!」どんっ!
ということで駆け足で振り返った2676年。今年は変化の一年だった。来年はどんな一年になるだろうか。ただただ、目の前のことに一生懸命になるだけだ。
今年はとっても楽しかったね。来年はもっと楽しくなるといいね。
へけ!
それでは、皆さん!良いお年を!ばいちゃ☆