ぼくは勉強ができない
「ええ、私は国語が得意でした。」
「中学の北海道学力コンクールで優秀者としてランクインしたこともあります。」
「あと高校時代、現代文で10段階で10を取ったことがあるんですよ。」
「さらに日本史も、センター試験で96点でした。」
「1問だけ、迷って・・・あの答えを治さなければ満点だったんです。」
「君が文系だということはよくわかった。それで、君は何を言いたいんだ?」
「はい、私は根っからの文系なのです・・・。」
「・・・濃度の希釈計算をすべて間違いました。」
*** *** ***
私は数学が苦手だ。数学どころか算数も苦手だ。理科も。化学、物理、生物、地学、種類を問わずに苦手である。
歯学部での6年間、数学や理科は教養を終わってしまえば、殆ど無縁の存在だった。私は数学や理科の呪縛から解き放たれたような、一種の開放感を持って、それらの分野とは一層決別していた。
だが、これが、最近になって、非常に使うようになってきたのだ。うかつだった。しばしば薬液の濃度計算などをする。希釈するときに、どれくらいの分量をどれくらいのものに加えると…と、いつも頭をかかえてしまう。
それでも、私はある種のエリート意識を持って計算にあたっていた。
俺は北国高校で、天下無敵の九州修羅大学出身だぞ!こんな簡単な希釈計算が出来なきゃ、母校が泣くゼ!
だが、私の計算では実験の整合性が取れなくなってきてしまったのだ。
まずH先生に指摘された。
「これはありえない!ずっと前の計算から間違っているんじゃないの?」
私は「そうかもしれない・・・」と思って、実験ノートをひっくり返して、計算結果をさかのぼってやり直した。「なんのこれしき!」と思っていたんだけれど・・・二進も三進もいかなかった。きっとこの状況に母校はむせび泣いていたことだろう。ごめん、母校。
「くそ、どうしてできないんだ!」
と、自分に腹を立てていたのもつかの間、あっという間にそんなエネルギーも無くなっていった。
答えはわからないけれども、自分のやっていることは間違っているということだけはわかる状態に。
そして・・・
悟りを開けそうな境地にまで至り、
見事に思考停止に。
蒸し風呂のようになった研究室から汗だくで出てきた私は、朦朧とした頭をふらつかせながら院生室へ行き、すがるような思いで、磯兵衛先輩に泣きついた。
「先輩〜、助けてくださぁ〜い」
「これ、全部間違っているよ」
磯兵衛さんは「私も苦手なんだよなぁ〜」と言いながら、バシッと答えを導きだしてくれた。なんなら、私がいままでしでかして来た計算間違いも全部訂正してくれた。
「い、磯兵衛さん・・・」
地獄で仏とはまさにこのこと。
このとき、私は磯兵衛さんが菩薩様に見えた。
私は非常に恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。中学生もびっくりな計算ミス。恥ずかしくて何も言えなくなった私にかわって磯兵衛さんが状況を説明してくれた。
H先生は当初、私の初歩的なミスに「え!?」としながらも・・・
「如月くんは、ウン、文系だから。文章を書く力があるから。それもとっても大切な力なのよ。」
とフォローしてくださった。
・・・なんて皆、優しいんだろう。
磯兵衛さん・・・。
研究がしたいです……。
次は計算間違えないようにしよう・・・。
それでは、ばいちゃ☆