幸せとは何か?(大親友あいこりんと会って)
京都遠征1日目の夜、私は大親友あいこりんと会った。あいこりんは京都在住だったため、今回のシンポジウムで京都に行くことがわかった段階で「会わない?」と連絡を取っていたのだった。そして、あいこりんが「せっかくだから、京都っぽいところに行こう」と川床へ連れていってくれたのだった。
あいこりんとは2年ぶりだった。
あいこりんは相変わらず花があった。何というか、彼女は非常に風通しが良い。そして、いつも前を向いている。彼女に会うと、私も元気をもらえる。
近況報告などでひとしきり盛り上がった後、私はずっと聞いてみたかったことを彼女にぶつけてみた。
「旅をしていて、一番感動したところはどこ?」
あいこりんは旅人だった。
あいこりんの答えは「ブータン」だった。微笑みの国。やはり国民一人ひとりが皆、幸福なのだという。道行く誰に聴いても「幸せです」と答えるのだそう。そして、幸せの物差しも人それぞれ違うのだという。「ガイドさんとかが言っているなら仕込みだと思うけど、そうじゃないんですよ」あいこりんは真剣に話しているときは敬語になる。
また、幸せになるための条件のようなものがあるのだという。「5つあるんですよ」というので「例えば?」と聞いてみると「例えば、執着心を捨てる、とか」。なるほど、非常に仏教的な色合いが強いようだ。「他には?」と聞くと「メモしてたんだけど、忘れちゃった」と非常にあいこりんらしかった。
ただ、何をもって幸せとするのか?というテーマにおける西洋と東洋の二項対立は昔からある。急激な近代化を成し遂げた日本においては、特に取り上げられ易いテーマであるように思える。さて、私の中にある幸福論に関する西洋対東洋の議論は、何がベースになっているのだろう・・・と自分の精神の根底に流れる部分を紐解いたところ、どうやら小学生の頃に読んだ「ビルマの竪琴」のようだった。
「ビルマの竪琴」にも、何が幸せなのか?という議論の場面があったな。あいこりんのブータンの話しを受けて、私がそれを口にすると、あいこりんが「詳しく教えて!」と言ってくれた。ただ、内容を漠然とは覚えているものの、教えられるほど詳しく覚えていなかった。こんなにも記憶というのは抜け落ちるものかと驚きながらも、札幌に帰って来て、すぐに本棚から愛読書である「ビルマの竪琴」を取り出して、当該箇所を探した。
私はその作中の議論に、小学生の頃、非常に感銘を受けた。物語の筋書きにそこまで関係のある場面ではないため、映画化された際にはカットされてしまっているのだが。・・・と、ページをめくっていると、小学生の如月くんが、その場面に鉛筆で印をつけていたため、すぐに見つけることが出来た。
せっかく見つけたので、一部を抜粋して引用したい。
作中の西洋と東洋の比較は、着る服装の違いによる精神性の違いに端を発する。
----------
ビルマは宗教国です。男は若いころにはかならず一度は僧侶になって修行します。ですから、われわれくらいの年配の坊さんがたくさんいました。
なんというちがいでしょう!われらの国では若い人はみな軍服をきたのに、ビルマでは袈裟をつけるのです。
われわれは収容所にいて、よくこのことを議論したものでした。―一生に一度かならず軍服をつけるのと、袈裟をきるのと、どちらのほうがいいのか?どちらがすすんでいるのか?国民として、人間として、どちらが上なのか?
これは実に奇妙な話でした。議論していくと、いつも、しまいにはなんだかわけがわからなくなってしまうのでした。
----------
もしかすると、作者の竹山道雄は、このことを最も子供たちに訴えかけたかったのかもしれない。
ここでは軍服(西洋の服、洋服)を着るような国は、国民はよく働いて能率があがる人間になるのに対して、袈裟(東洋の服、和服)を着て暮らせば、その人は自然とも人間とも溶けあって生きる様なおだやかな心をもち、いかなる障害をも自分の力で切り開いて戦っていく気はなくなるとしている。
----------
つまり、こんなところにも、世界をそのままにうけいれてそれにしたがうか、または自分の思いのままにつくりかえていこうとするか―という、人間が世界にたいする態度の根本的な差異があらわれていて、すべてはそれによってきまっているのです。
(中略)
われわれがだんだん議論していくと、一生に一度軍服をきる義務と袈裟をきる義務とでは、そのよってきたるところは、結局はこういうところにあるのだ、ということになりました。つまり、人間の生きていき方がちがうのだ、ということになりました。いっぽうは、人間がどこまでも自力をたのんで、すべてを支配していこうとするのです。いっぽうは、人間が我をすてて、人間以上のひろいふかい天地の中にとけこもうとするのです。
ところで、このような心がまえ、このような態度、世界と人生に対するこのような行き方はどちらのほうがいいのでしょう?どちらがすすんでいるのでしょう!国民として、人間として、どちらが上なのでしょう?
----------
西洋と東洋の生き方の違いに言及したうえで「どちらのほうがいいのでしょう?」と作者はさらに読者にテーマを投げかける。ここでいう「生き方」は、そのまま幸せを意味すると解釈していいだろうと思う。
ここからさらに議論は具体的かつ熱を帯びてくる。言ってしまえば軍服(洋服)派と袈裟派に分かれて、それぞれが意見を述べ合う場面が延々と続く。少し長いが、途中途中を割愛しながら引用してみたい。
----------
いつもビルマの悪口をいっている人が言いました。(中略)ビルマ人はすべからく(中略)近代的になれ。(中略)まだ寺小屋で坊さんがお経ばかりおしえている。こんなことでは国はほろびる。いや、もう属国になっているが。
これに反対する人はいいました。―袈裟を洋服にかえたからって、それで人間が幸福になるとはかぎらない。現に日本人はこんなことになったじゃないか。日本人ばかりではない、世界中がこんなことになってしまったじゃないか。人間がおもいあがって、我をたてて、なにもかも自分の思いどおりにしようというやり方では、もうだめだ。少しはよくなっても、全体からいえばもっとわるくなる。
まえの人がいいました。―「それなら、いつまでもこのビルマ人のように未開のままでいていい、というのかい?」
あとの人がいいました。―「ビルマ人が未開かね?われわれのほうがよっぽど野蛮じゃないか、と思うことがよくあるのだが。」
「これはおどろいた。こんなにもなにもかも不潔で不便で、学問や労働によってひとり立ちになろうという意志もない国民よりも、われわれのほうが野蛮なのか?」
「そうさ。われわれは文明の利器をもっているけれども、かんじんなそれを使う人間の心が野蛮じゃないか。(中略)学問もないというけれども、かれらは仏教を信じていて、生活のすべてがそれにのっとっている。(中略)その教えを身につける。それで心の調和をえている。平和に生きている。このほうがずっと高尚な学問じゃないか。」
「この生活程度の低いことはどうだ。(中略)どうせ現世の生活はくだらないというので、べつに発明しようという気もなく、ふんぱつして改良をしようという気もおこらない。すべての人間が自由に生きるための制度もまだありはしない。これで幸福だといえるかい。これではいつまでたっても進歩しっこはない。」
「そんな幸福や進歩がどんなものだか、それがしまいにはどんなことになるのか、もう何千年もまえにお釈迦様は見ぬいたのだ。(中略)世の中がもっと平和になって野蛮でなくなるためには、ビルマ人がわれわれのようになるよりも、われわれがビルマ人のようになったほうが、ずっと早道だし、ずっと根本的だよ。」
「そんなことはできないことだ。原子爆弾までできた時代に、それを作った人間がビルマ人のようにのんきになれるかい。」
「原子爆弾までできた時代だからこそ、人間がもっと落ち着いて深く考えるようにならなくてはだめだ。(後略)
----------
西洋的な精神で得られる幸せが、本当に幸せなのか。一見、物質的には貧しく見えても、精神の平穏こそ、本当の幸せをもたらすのではないか。この議論は「どちらがいいのか、はっきりとはきめかねました。しかし、最後にはたいていつぎのようなことに落ちつきました」と着地する。
----------
―ビルマ人は生活のすみずみまで深い教えにしたがっていて、これを未開などということはとうていできない。われわれの知っていることをかれらが知らないからとて、ばかにしたら大まちがいだ。かれらはわれわれの思いもおよばないりっぱなものを身につけている。しかしただ、これでは弱々しくて、たとえばわれわれのようなものが外から攻めこんできたときに自分をふせぐことはできないから、浮世のことでは損な立場にある。もうすこしは浮世のことも考えなくてはいけないだろう。この世をただ無意義だときめてしまうのではなく、もっと生きていることをたいせつにしなくてはいけないだろう。
---------
この作品では、どちらに振れ過ぎてもいけないと、折衷案で落ち着いていた。
久しぶりにビルマの竪琴を読んで、幸せとは何かを考えることが出来た。なるほど、小学生の頃の私は、きっとこういうことを一生懸命考えていたんだろうと思う。こういう素敵な作品に、小学生の頃に出会えてよかった・・・とも思った。
また、大人になった今でも、幸せや心の在り方について語り合える友を持つことができたことも、本当に運命だと思った。持つべきものは友である。
あいこりんと「ビルマの竪琴」。・・・僕は幸せだぁ。
それでは、ばいちゃ☆