俺はタクランケ!(歯学院生の日常)

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2018.06.26 Tuesday

「第41回岡山戦災の記録と写真展」に立ち寄ってみて

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     先日の岡山学会のとき、学会の合間の時間で、隣の会場で開催されていたある展示を覗いてみた。

     その名も!

     第41回岡山戦災の記録と写真展-空襲はいかにして行われたか1941-1945-

     

     ちょっと気になって行ってみたのだが、素晴らしく充実した展示であった。入場は無料だったが、受付で60ページにも及ぶ綺麗に製本されたパンフレットを手渡された。

     ぺらぺらと読んでみたが、有料でないことが不思議なくらいのクオリティーだった。

     この展示の素晴らしかったところは、そのタイトルにある通り、「空襲」に限定してあったということである。漫然と戦争を振り返る大味な展示ではなく、それが総論的とすると、非常に各論的な内容の濃い展示であった。

     

     日本に対する空襲は、どのような発想のもとで、どのように作戦が立案され、計画的に実行されたのか。それによって日本はどのような被害を被ったのか。また、その空襲ではどのような武器がつかわれたのか。その武器はどのようにつくられたのか。そして、その中で岡山はどのような被害を受けたのか。とてもわかりやすく、順を追って説明されていた。堅実な展示というのは、見ごたえがあってよい。さらに、その方が(あまり感情的になったり伝えたいメッセージが前面にきてしまうものより)胸に来るものもある。

     

     せっかくなので、パンフレットの一節を引用してアメリカによる日本の本土空襲がどのようにして計画的に行われていたのかを説明しておきたい。(以下「」内文章はパンフレットからの引用)

     「最初の本格的な対日爆撃は、1944年(昭和19)6月16日未明、八幡製鐵所のコークス炉を目的としたものでした。」

     「高高度精密爆撃の成果があがらないこともあり、ワシントンの司令部は年に対する焼夷空襲に注力する方針を固めていきました。」

     まずはじめに八幡製鐵所が目標となり、次々と軍事工場が標的となった。しかし、日本軍の攻撃が届かない高高度から行われる精密爆撃ではあまり成果が得られなかったらしい。そこで都市への焼夷弾による絨毯爆撃が検討され、様々な検証(木造の日本家屋を造り、実際に焼夷弾でどれほどまでに燃えあがるのかなどの実験)を経て、実際に日本焦土作戦(パンフレットでは「焦土電撃作戦」とされている)として計画される。

     もちろん当時の国際法において非戦闘員のいる都市への絨毯爆撃はご法度だ。しかし、司令官のカーチス・ルメイは日本では内職などが行われているため、ひとつひとつの民家が軍需工場なのだと言い張りそれを正当化。日本に「立ち直る余裕を与えないための」連続した大規模な一連の空襲が、非常に計画的に淡々と実施されていく。

     

     「日本焦土作戦(焦土電撃作戦)」は非常に計画的に、日本を焼け野原にしてしまうという恐ろしい作戦である。

     まず東京大空襲を皮切りに7都市が昭和20年の6月までに徹底的に焼かれた。

     続いて中都市への空襲が計画される。

     「空襲を行う都市の選定をどのように行ったかについては、7月21日にマリアナの前線司令部がワシントンに送った「中小工業都市地域への攻撃」という文書から推測できます。1940年(昭和15)に行われた日本の第5回国勢調査に基づき、180都市を人口の多い順にリストアップして都市空襲の対象として検討したものです。180都市の中から既に破壊された8大都市をはずし、また北海道や東北など北緯39度北の15都市を除外しています。」

    「内陸部でレーダー反射が不明瞭と思われる郡山や福島などの15都市も除外されました。京都・広島・新潟・小倉は原爆投下目標年であったために除外され、残った139都市について、主に人口の多い順に攻撃計画が策定されていったようです。」

     あまりにも壮絶な作戦だったため、日本では司令官のルメイは「鬼畜ルメイ」と呼ばれていたそうだ。

     

     私が展示の中で最も感動したのは、焼夷弾のレプリカである。これがただのレプリカではなく、実際の重さや質感と同じように作られていた。「手に取ってみてください」とあったので、私は焼夷弾のレプリカを手に取った。

     

     焼夷弾。私はしばしば漫画や映画などで空襲のシーンを見る。

     けれども、それがどういうサイズ感で、どれくらいの質量なのか、それはまったくわかっていなかった。

     

     私は驚いた。思っていたよりも大きいし・・・重い。

     これが大量に降り注いで、屋根を突き破って家を焼いたら・・・実際に手に取ってみると、急にイマジネーションにリアリティーが増してくる。

     やっぱりに手に取れるものは取り、触れるものは触らないと。それが非常に大切なことなのだと感じた瞬間だった。

     こんなに展示が充実していると知っていたなら・・・と思わなくはないが、時間がないのは仕方の無いことなので、断腸の思いで早歩きで展示を見て、急いで会場を出たのであった。

     

     それでは、ばいちゃ☆

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