俺はタクランケ!(歯学院生の日常)

ハロー、ハロー聞こえますか?
こちら太陽系第三惑星地球・・・。
あなたの世界とちょっとよく似たこっちの世界。
そっちがこっちで、こっちがそっちのパラレルワールド。
平行と交錯、現実と虚構。
ここは、それらの混沌から滴り落ちた、雨粒のようなブログ。
そちらの地球のお天気はいかがですか?

<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

2016.09.28 Wednesday

月形3:「刑務所の町」月形町で北海道開拓の歴史に思いを馳せる〜篠津山囚人墓地・峰延道路

0

     北海道は樺戸郡月形町へ行ったときのことを書いているよ!

     【これまで】

     月形1:「刑務所の町」月形町で北海道開拓の歴史に思いを馳せる〜序章

     月形2:「刑務所の町」月形町で北海道開拓の歴史に思いを馳せる〜月形樺戸博物館

     

     

     

    ■月形3:「刑務所の町」月形町で北海道開拓の歴史に思いを馳せる〜篠津山囚人墓地・峰延道路

    =目次=

    ・弔いの後は・・・篠津山囚人墓地

    ・囚人たちに思いを馳せながら・・・

     

     

     

    <弔いの後は・・・篠津山囚人墓地>

     博物館にて、かつての樺戸集治監に収監されていた囚人たちは町から3キロほど離れた墓地に埋葬してあるとあったので行ってみることにした。町の観光ガイドにも「篠津山囚人墓地」として紹介されていた。

     月形町では年に一度、この地を開拓した囚人たちに感謝と追悼の気持ちをささげるために、この墓地にて慰霊祭がとりおこなわれているのだという。そういうところからも月形が非常に歴史に寄り添った真面目で堅実な町であることがわかる。こういう町はなかなか無いと思う。

     

     囚人墓地が設置された経緯や慰霊祭の歴史については下記のサイトに詳しい。

     【関連サイト】

     北海道月形町公式サイト まんまるはーと月形町 

     

     囚人墓地は一般の墓地の一画にあった。

     ここには獄死した1022人の無縁仏が眠っている。

     墓標には「釋□□」と法名が刻まれていた。当初、死亡した囚人たちに法名はつけられなかったが明治35年から囚人たちを供養していた浄土真宗の僧によってつけられるようになったそうだ。ちなみに、浄土真宗では戒名のことを法名というらしいので、このブログでもそのように記すように注意した。

     裏には死亡した囚人たちの生年月日と名前、そして享年が刻み込まれていた。私はひとつひとつを確認するように見て回った。墓石の前に盛り上がる土饅頭がなんだか生々しいと思った。

     私はただただ、静かに手を合わせるしかなかった。

     

     

     

    <囚人たちに思いを馳せながら・・・>

     墓地を後にした私たちは月形の町を眺めながら、町が一望できるという円山へ向かった。博物館には「月形の道を通るときや田畑を見る時は、ぜひともそこを切り開いた囚人たちに思いを馳せてみてください」といった旨のパネルがあった。だからというわけではないが、私は景色を眺めながら、歴史の表舞台に立つことができなかった囚人たちに思いを馳せた。

     どこまでも広がる大きな畑。この広大な土地を切り開いた労苦というのは、想像を絶する。

     

     道路標識を見ながら円山へ。

     石碑などが開拓の歴史を物語っているような気がした。囚人たちが植えたというスギ林の中を進んでいくと、山頂にて驚くべきものを目の当たりにすることになった。

     

     まさかの・・・

     月の形の展望台!?

     

     さすがは真面目タウン月形、発想が真面目。笑いながら展望台を駆けあがると、そこには月形の町が眼下に広がっていた。

     そして、博物館でも詳しく展示されていた「峰延道路」を一望の下におさめることができた。この峰延道路は北海道開拓を支えた交通網の要所であった。重機のない時代に手作業だけで湿地帯に道路をつくるというのは非常に困難かつ危険なことであったが、樺戸集治監の囚人たちはそれをやり遂げたという。

     

     北海道開拓には色んな種類があった。教科書などでよく取り上げられるのは、士族移民による開拓や屯田兵の開拓だ。しかし、教科書ではなかなか取り上げられないものの北海道開拓の要として忘れてはならないのが、この樺戸集治監をはじめとする「監獄開拓」だったのである。私は今回この月形樺戸博物館にて、様々なパネルを見ることが出来たが、北海道の歴史を裏側から垣間見ることができたような気持ちになった。

     

     

     

     ・・・。

     

     

     

     私は帰路につきながら月形の景色を思い出した。そして、じっくりとその歴史に思いを馳せた。私は思わず、ため息交じりに「月形、来てよかった」とつぶやいたのであった。また行きたい・・・本当にそう思った。

     

     それでは、ばいちゃ☆

    にほんブログ村 病気ブログ 歯科医へ
    にほんブログ村


    ▲top