俺はタクランケ!(歯学院生の日常)

ハロー、ハロー聞こえますか?
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平行と交錯、現実と虚構。
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2018.11.08 Thursday

「夏」がテーマの課題研究で小6の私が取り上げたもの

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     母に「ふじふさ文集」や自由研究の話しをすると、「本当に小学生の頃のサディは凄かったのよ」と過去を振り返っていた。「どこまで行っちゃうのか、心配になるくらいだったわよ」と母もまた手放し。

     いやぁ、褒められすぎて困っちゃうなぁ・・・と思っていると。

     

    「心配だったけど、それで止まったわね」

     

    「え・・・。」

     

     ということで、昨日に引き続いて過去の栄光にスポットを当てていきたい。

     今日振り返るのは、小学四年生(だったかな?)のときの「課題研究」である。このときに出た課題研究のテーマが、確か「夏」だったはずである。

     「夏」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。海とか、山とか、花火とか・・・そんなとこだろう。小学生だったらなおのことである。

     

     しかし、小学生の如月くんが連想したものは・・・。

    IMG_8866.JPG

    終戦だった。

     

     

     この課題研究「終戦〜それぞれの八月十五日〜」は、自分の住む町内のおじいちゃんおばあちゃんに戦争体験を実際に聴いて回って、それをまとめた内容になっている。ちなみに、私の住んでいる町内は北海道でも最も老人口密度の高い町と言われていたところだ。最近は知らないけど。でも、そういうせいか、町内におじいちゃんおばあちゃんは多かったような気がする。

     

     こうして改めて読んでみると、色んな戦争体験が綴られていて面白かった。

    IMG_8867.JPG

     きちんと前書き。「どうぞこの本を見ていってください。」と読者への呼びかけも忘れない。

     

     おじいちゃんおばあちゃんごとに戦争体験が、私との対話形式でまとめられていた。

    IMG_8868.JPG

     そして、イラストや写真で情報を補足。

     

     一番、読みごたえがあったのが、斜め向かいに住んでいる「あべさんのおじいさん」。ミーノのお爺ちゃんだ。

    IMG_8869.JPG

     あべさんは陸軍航空隊に所属していた。あべさんの話しが一番刺激的で、非常によく覚えている・・・つもりだったが、こうして読んでみると忘れていることも結構あるのだな、と記録することの大切さを痛感した。

     あべさんが色んな戦闘機や爆撃機が描かれた絵を見せてくれながら九九式双発軽爆撃機(九九双軽)に乗っていたという話をしてくれたということは覚えていたが、これを読んでみると「呑龍」にも乗っていたとのこと。「呑龍」は一〇〇式重爆撃機だ。いつも草刈をしてにこにこしているあべさんが陸軍の軍人さんだったことを知った時は、とても興奮した。

    IMG_8870.JPG

     これには「硫黄島でひこうきでせめた」と書いてある。硫黄島に出撃していたのか。硫黄島といえば、大東亜戦争におけるアメリカ側があげる「三大激戦地」のうちの一つだ。

     あべさんは「もう少しで沖縄に行くところだった」とも言っていたことも思い出した。なんでそれは書いてないんだろう。そんな激戦地にいた話しを聴いた如月くんは「あべさんは、陸軍伍長なのだ〜」とポップに締めくくっていた。軽いな、私。

     

     隣の隣の家のおばあちゃんは元国鉄の社員さんだった。

    IMG_8871.JPG

     室蘭で艦砲射撃や機銃掃射を受けたという話は今でも覚えている。そのことがここにも書かれていたが・・・。

    「かんぽうしゃげきでおどろいて犬やねこが、しょうじをやぶいたりしたことも!」

     ポイント、そこじゃなくね?

     

     町内会長さんは樺太から命からがら引き揚げてきた人だった。

    IMG_8872.JPG

     豊原はきゃつらの言葉でいう所の「ユジノサハリンスク」。

     「(八月)二十三日にロシアのせんとうきがきて豊原駅に北海道にひきあげる人がたくさんいるのをねらってばくげきした。」

     私の対露感情はこのようにして形成されていくのであった。「サハリン」と書いているところが可愛らしい。今だっら「樺太」と書いていただろう。

     

     この町内会長さんの「ロシア兵(当時ソ連)とすんだこともあるよ。」というコメントに対しての如月くんの答えが・・・。

    IMG_8873.JPG

    「スゴーイ」

     

     なーんか、軽いんだよな。

     学習漫画のようなライトな感じを出そうとしているんだろうけれども。おじいちゃんおばあちゃんの壮絶な体験談に対してのリアクションが・・・実際にそんな感じで返事をしていたわけじゃないだろうけれども、どうもポップ過ぎる。これが若さというものだろうか。

    IMG_8874.JPG

     最後に「おわりに…」。

     自画自賛になってしまうけれども、やっぱりよく書けているし、よく町内を回ってインタビューしたものだ。

     

     

     

     母が私のブログ記事をきっかけに、部屋に置いてあった自由研究を見てみたらしい。母から「やっぱりすごかったのね」と改めて褒められた。てか、結果的に「昔はすごかった」ってほめられているのか?どうなんだろう。

     

     そんな母が一言。

    「ノーマン、フィル、サディ・・・優秀な子供御三家ね」

     

     

     

    ノーマン

     

    フィル

     

    サディ

     

     

     

    「えぇ〜食用児じゃないか!」

     

     

     

     20年間止まったまま、如月サディは今日も元気だ。

     

     それでは、ばいちゃ☆

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