俺はタクランケ!(歯学院生の日常)

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2017.09.07 Thursday

スーパーチャイニーズ その2

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     高校時代の思い出。この記事は前回からの続き。

    【関連記事】スーパーチャイニーズ その1

     

     あの日中交流から数か月後のことだった。私たちも「ああ、そんなこともあったなぁ・・・」というくらいに落ち着いて記憶も薄れかけていた頃合いを見計らったようなタイミングで、再び日中交流の話しが持ち上がって来たのだ。

     顧問の先生曰く、前回もてなしたチャイニーズたち(高校生も引率の先生も含めて)が本国へ帰り「感動した!」と報告したところ、もう一度、前回は少数だったが今度はしっかりと訪問したいという話がもちあがったのだという。それをもてなすのはもちろん合唱部。私たちはそれを聴いてとても嬉しかった。歌が紡いだ国際交流。本当に音楽に国境がないというのは、こういうことなんだなぁ、とサディ少年の胸にこの感動は深く刻まれたのだった。

     

     ということで、北京から数十人規模でチャイニーズがやってくることになった。しかも聴くところによると、私達と交流したいと言ってくれているチャイニーズ高校生たちは将来は中国共産党の幹部になっちゃうくらいの、彼の国の1番2番を競うスーパーエリートたちなのだという。おいおい、この間はそんな前情報なかったじゃないか。

     

     そしてその日はやってきた。前回は少数だったチャイニーズも、大型バス数台で来訪。会場は今回も百周年記念館。それなりに広いはずの空間が、大量のジャパニーズとチャイニーズでいっぱいになった。交わす言葉は世界の共通言語、英語。さすがはスーパーエリート。すごいぺらぺら。こちらの陣営も負けじと英語で対応・・・している人もいた。

     英語を話す同期を見習って、せっかくの国際交流だからと、私も勇んで英語で話しかけたが、見事なまでにチャイニーズたちにスルーされてしまい、コンプレックスを一層深める結果となった。

     

     さて、そんな個人的な心の傷はさておき、合唱部は今回も演奏で彼らをもてなした。そして、彼らは中国の伝統芸能である「変面」を披露してくれた。変面に使うお面の装飾などを一緒に取り組んだりもした。

    (※イメージ「変面」)

     そして最後は全員で全体合唱。お互いの国の歌を演奏しようということで、「故郷」と「大海啊,故乡(大海よ、ああ故郷)」を歌った。

     あちら側の故郷の歌「大海啊,故乡」はとても素敵な曲だった。どんな曲かというと、下にリンクを貼り付けておきたい。

     初めて歌う大陸の歌に、私はとても感動した。今でも口ずさんでしまう程だ。「だ〜あ〜はぁ〜いしょしぐぅしゃぁ〜」。チャイニーズ高校生たちと一緒に大きな声で歌った。故郷をうたう歌というのは、なんて美しいんだろう。故郷を思う心にも国境はないのだろう。それも肌で感じることができたのは、本当に貴重なことだったと思う。

     

     歌い終わると、チャイニーズ高校生のリーダー的存在が私に話しかけてきた。(諸事情で英語を控えている私も、ある程度は聴きとることができる。私のリスニング不足は、さすがはスーパーエリート、チャイニーズがボディランゲージなどで補填してくれた。)

     彼は英語(とボディーランゲージ)で「どうしたらそんなに良い声が出るんだい?」と聞いてきた。

     

     私は答えに窮した。

     才能?努力?なんだ?それより、良い声って言ってくれて嬉しいぞ。「そんなことないですよ」と謙遜したい。けど、謙遜は日本の文化・・・いや、ここは日本だからいいじゃないか。というか、それを英語で言うにはどうしたらいいんだ?どうする?どうする?

     様々な思考が脳内を錯綜する。私はどうしたらいいのかわからなくなって、チャイニーズの瞳を見つめながら・・・

    「う〜、う〜ん、う〜、う〜ん」

    とうなるしかなかった。

     

     それを受けて、スーパーチャイニーズは・・・

    「う〜?う〜ん?う〜?う〜ん?」

    と、少し笑って首をかしげながら、私の仕草をデフォルメしてマネしていた。

     

     自らの英語力の欠如を悲しみながらも、少し馬鹿にしたような仕草をしたチャイニーズにカチンときた私は

    「プラクティス!プラクティス!ハード!!」

    と力強く返答した。

     

     この私の誠心誠意の返答はきちんと伝わったようで、彼は「オー!プラクティス、ハード!」と言っていた。

     

     そんなこんなで緊張の日中交流のプログラムは無事に進行し、いよいよお別れの時間になった。私は当時部長だったので、日本代表として挨拶をした。向こうもリーダー的存在の彼が出てきた。

     彼は「アリガトウゴザイマシタ」と片言の日本語で謝辞を述べながら、左手をすっと私の方に出した。私たちは両陣営の学生たちが見守るなか、熱く、硬い握手を交わした。

     そして私は「どういたしまして!」と、出来るだけいい声で返した。

     

     こうして私の大陸との束の間の交流は終わった。同期からは「そこ、謝謝じゃないんだね」と指摘された。私はその指摘を黙殺した。

     

     

     

     この高校時代の体験が、来月からの留学生との交流に生きてくればいいのだけれど。

     

     それでは、ばいちゃ☆

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