別れの風味
医局に入ると、医員の先生がいた。
以前も教室の送別会の記事にて触れたと思うが、今年度いっぱいで20年選手という言葉では足りないくらいのベテランの先生方が一気に退局される。
今日が今年度最後の勤務日ということで、医員の先生方は、どこか寂し気で、どこか悲し気だった。私は名残惜しそうに医局に佇むある先生に、最後のチャンスだと思って、話しかけた。
実は、医員の先生方とはこれまでそこまで話しをする機会がなかった。しかし、皮肉なことに、このたび医員の先生方が退職されるにあたって、年が明けてからの三か月間、患者さんを引き継ぐ中で、一緒に診療を見て頂いたり、相談に乗っていただいたりと、色々と教えていただく機会が増えた。それはとても刺激的で、すごく勉強になった。私は「もっと話を聴いておけばよかった」と後悔すらした。
この感謝と後悔の気持ちを、伝えたところでどうなるかはわからないけれども、どうしても伝えておかなければいけないと思っていたのだった。
私は言った。
「先生!色々と教えてくださってありがとうございました!もっと・・・先生とお話しておけばよかったと思いました。」
すると先生は
「また語り合おう、杯交わしてなぁ!」
と言ってくださった。
「日本語の文献でいいから、沢山読んだらいいよ。ヒャッペン読む気でなぁ。沢山勉強してな!」
先生とお話していると、そこにまたもう一人の医員の先生が。
「あら」
かくして私は医員の先生お二人と最後にじっくりお話をする機会に巡り合った。
「如月くんはね、伸びると思う。センスがあるもの。」
お二人ともそれぞれがそれぞれの場面で私の診療を見て「筋がいい!」と思ってくださったのだという。私はベテランの先生方から、こうまでも褒められるとは思っていなかったので、非常に恐縮した。
「患者さんとの接し方も申し分ないし、如月くんはどこにいっても好かれるよ」
私はただただ息を細く吐いて、恐縮するしかなかった。
お二人は私に「若いのに手が動く。君はホープだ。これからの1補綴をぐんぐん引っ張っていってください。」と言ってくださった。そして、私の姿に、それぞれが若手だった頃を重ね合わせた・・・かどうかはわからないけれども、話の流れでお二人の若手だったころの思い出話をお聞きすることができた。
「誰もいない外来で、失敗して、汗びっしょりかいて・・・」
「ああ、そうそう、汗だらだらで・・・」
ベテランの先生方にもそういうフレッシュマンな時期があったのかと、少しだけ親近感がわいた。
「将来は実家を継ぐの?」
「お、如月くんは2代目だったのか!」
「2代目もなにも、如月くんのお父さんは、乱場先生の同期なのよ」「え!そうだったのか!」「でも、あんまり2代目って感じを出してないのも好感がもてるよね」「そうとは知らずに、偉そうに語ってしまった・・・」
私は「いえいえ、滅相もございません」とますます恐縮した。
「2代目ってのは、腕がいいんだよ。そう決まってるんだ。代が重なれば重なるほど、血が濃くなっていくから。俺の同期もそうだったもんな。天性の勘というか、生まれ持ってのセンスがあるんだよね。」
私は人生でこれほどまでに褒められたことがあっただろうかと、短い半生を振り返った。まるでほめ殺しだ。私は恐縮しつつも、満更でもなかった。そういった嬉しさや恥ずかしさを抑え込む一方で、週明けには、もうこの先生方は医局にはいないのだと思うと、なんだか寂しいというか、不思議な・・・何とも言えない気持ちになった。
「ねぇ、如月くん・・・。」
「はい!」
「・・・。」
「バナナいる?」
・・・医員の先生から戴いたバナナは、ほんのり甘い味がした。
それでは、ばいちゃ☆