俺はタクランケ!(歯学院生の日常)

ハロー、ハロー聞こえますか?
こちら太陽系第三惑星地球・・・。
あなたの世界とちょっとよく似たこっちの世界。
そっちがこっちで、こっちがそっちのパラレルワールド。
平行と交錯、現実と虚構。
ここは、それらの混沌から滴り落ちた、雨粒のようなブログ。
そちらの地球のお天気はいかがですか?

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2017.11.16 Thursday

僕の好きな先生

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     先日、文春砲がある人気予備校講師に向けてぶっ放された。人気予備校講師と言っても、林修のようにタレント活動をしているわけではないので、一部の人たちしか反応しなかっただろうけれど。その割に、結構大きく取り上げられた・・・という印象だ。

     ちなみに、今回センテンススプリングされた講師N(あえて名前は伏せておく)は、私も大学浪人していたときに授業を受けていたことがあった。毎週金曜日の一限、英文法A。とは言え、代ゼミの誇るサテライト。Nは画面の向こうの人だった。

     そう、当時、Nは代ゼミの看板講師の一人だった。だから、東進のCMで見たとき「え、N、東進うつったのか!」と驚いてしまったものだ。

     Nは独特な雰囲気だった。講義は難しく、聴いていると「なるほど」と思うのだけれど、断片的な板書、あまり残らないノート、読後感と言ったらオカシイけれども、英語が苦手だった私にとってはちょっとレベルの高い・・・というか、あんまり頭に残らない講義だったという印象が強い。まぁ、大学受験に必要な基礎的なこと、さらには応用的なことも、すでに完了していて、それでいて不運にも浪人してしまった人にプラスアルファを与えるため・・・と言わんばかりの講義であった。それでも、Nの書いた英文法の問題集を買っては一生懸命解いていたものだった。

     また、Nは雑談が面白かった。それもきっとNの人気のひとつだったのだろう。レベルの高い講義、ウィットに富んだ雑談、きっと信者ともいえるファンも大勢いたはずである。だから、この文春にすっぱ抜かれた事件を見ても、さもありなんといった感じがどうしてもしてしまうのだった。

     

     さて、このNだけではなく予備校ではしばしば講師がある種の神格化を遂げることがある。所謂カリスマ講師だ。予備校という閉鎖的環境の中で、浪人生たちは藁をもすがる思いで、カリスマ講師に縋りつく。講師の指導する勉強方法をしっかりと踏襲し、講師が考案したメソッドを叩き込み、信者同士の結束を強めながら、怪しい集団を形成していく。信じている講師が単科ゼミを開けば、信者の予備校生たちは大枚をはたいてこぞって受講する。立ち見まで出るものもあるという。

     そこで、カリスマ講師は得てして人生を語る。私もつらく悲しかったとき(センター直後)に、ある講師の話を聴いて心が救われたこともある。だから、人生や思い出を語る講師のことを完全には否定しない・・・でも、講師が口角泡を飛ばして人生を説き、それを聴いた信者の学生たちが「素晴らしい授業だった」とうっとりしているのを見て、私は何かちょっと違うなぁ、と思っていた。

     

     

     

     その「ちょっと違うなぁ」の思いが、確信に変わった講義があった。それは、木山一男先生の「古文文法」であった。

     私は理系コースだったが、選択科目で取ることができたので「古文文法」を受講していた。というのも、センター国語で必ず一問は古文文法の問題が出る。その配点が確か8点だったと思う。ヤマカンで8点を天秤にかけるくらいなら、しっかりと古文文法を勉強して8点を取りにいこうと思ったのである。

     この「古文文法」も例にもれずサテライトだった。

     

     ただ、この講義、気迫がすごかった。木山先生は、講義の冒頭20分ほど、一問一答形式で学生に問題を出す。その迫力が画面越しでもすごくって、私は東京で生の講義を受けていたら最後まで受けられていなかったかもしれない。

     そう、ぶっちゃけ、はっきり言って「怖かった」。そのせいか、最初は20人くらいいた教室も、最後の方では3人くらいになってしまっていた。 

     でも、理不尽な怖さではなかった。理路整然とした厳しさ。非常に明瞭な教育的な厳しさ。この人の言うことを信じてトレーニングすれば、しっかりと結果が出るだろうという確信があった。そして木山先生の授業を切ることは逃げのような感じがした。

     

     木山先生は言った。言い方や文章は違うかもしれないけれど、次のようなことを言っていた(と思う)。

    「講師たちの人気取りに踊らされるな」

    「人気講師たちは耳当たりのよい事ばかりを言ってくる」

    「過去問はあくまで過去のもの」

    「過去問を入念に解くことによって、受験に必要な部分は、いったい全体の何%網羅できると思っていますか」

    「人気講師が鮮やかに過去問を解くのを見ていても実力がつくわけではない」

     

     確かに、よくカリスマ講師たちは「公式」とか「法則」とか、まやかしのようなことを言っているけれども、それが実際に受験問題にどれほど反映されているのか、若干疑わしいところがあった。

     

    「本当に良いものを嗅ぎ分ける嗅覚が必要」

    「試験はアウトプット。インプットの勉強は自分でできるけれども、アウトプットの練習はこういうときにしかできない」

     

     私は画面越しではあったけれども、木山先生の下でしっかりと「実力」をつけようと固く決心した。

     

     

     

     そして1年が経つころには、ある程度の古文文法に関しては、しっかりと網羅することが出来ていた。模試での古文の偏差値も70を超えた。理系の割に、オーバーワークだった感もあるけれども、木山先生の下でしっかりと古文文法を勉強したからに違いなかった。本番でも文法問題は無事に解答することができた。私は木山先生の講義を取ってよかったと思った。

     

     実は木山先生はご自身でホームページを開設していて、そこに各大学の出題問題に関する独自の解説をアップしている傍らで、エッセイを寄稿されている。予備校生だったときは、木山先生のエッセイを読むのが楽しみだった。先日、講師Nのニュースを見て、ふと「木山先生っていたな?」と思いだして、再びホームページをチェックするようになったのは言わずもがなだ。

     

     ちなみに、妹が大学浪人したとき、私は「木山先生の古文文法、なまらいいよ」と教えた。けれども「木山先生の古文文法なんて講義どこにもなかったよ」と言われてしまった。どうも札幌では放送が打ち切られてしまったようだ。札幌の予備校生は物事の価値がどうもわからなかったようである。残念。

     

     本当は受験が終わったとき、木山先生に会ってお礼を言いたかった。ただ、サテライトだし、講義そのものが早慶などの文系私大を照準にしていたようで、そこに私が「九州修羅大学修羅歯学部に合格しました!」というのは、なんだか場違いなような気がしたのである。

     だが私が予備校で見た中で、最も教育熱心で、かつ出会ったことで実力の付けることが出来た、素晴らしい講師の先生だったと思う。

     

     ・・・もう、何にも識別できなくなっちゃったけど。

     

     

     

     それでは、ばいちゃ☆

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