俺はタクランケ!(歯学院生の日常)

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2017.09.24 Sunday

愛知県歯科医師会館の「歯の博物館」に行ってきたよ(4)世界に誇る日本の木床義歯

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     この記事は「愛知県歯科医師会館の「歯の博物館」に行ってきたよ(3)戦時中のレントゲン」の続きだよ!

     

     突然だが、ここで義歯(入れ歯)の歴史について簡単に触れてみたい。「簡単に」というと、なんだか含みがあるけれども、ただ私が専門家ではないので、どうしても簡単にしか触れられないだけだったりする。

     義歯の歴史を紐解くとき、この分野でも高校の科目と同じように世界史と日本史にわけることができる。それほど、世界と日本では義歯の歴史においても、まったく違う軌道をたどるのである。

     

     まずは入れ歯の世界史。

     欧米で「総入れ歯」が専門書に登場したのは18世紀。当時の欧米では上顎の義歯が粘膜に吸着するということが知られていなかったため、スプリングの力によって上の義歯を上に押し上げる様式になっていて、うっかりするとバネの力で義歯が飛び出してしまったという。この話で有名なのはジョージ・ワシントンの肖像画。

     口元に注目していただきたい。何だか唇に力が入っているような感じでしょ。これは義歯が飛び出るのをこらえているため、口元に力が入っているんだって。

     さらに、素材は動物の歯牙や死んだ人の歯牙。戦争のたびに死んだ兵隊の大量の歯牙が輸送されることもあったそうだ。そのため、腐敗臭などもすごく、香水などは必須アイテムだったそうだ。このようにして、欧米の義歯は機能性ではなく、審美性ばかりを重視していたため、サロンの貴婦人たちは人目を盗んで急いで食事を取り、食事が終わると義歯をつけて、飛び出さないように気を付けながら口元を隠してお喋りを楽しんでいたのだという。

     

     一方で、日本では・・・。平安時代から、仏具師たちが木を削って作った「木床義歯」が実際に使われていたため。日本では上顎の義歯が粘膜に吸着することがわかっていたため、現在使用されている義歯と似たような形状。ものによっては咬合調整までされているものもあるという。臼歯部には釘がうちこまれ、十分機能的に使われていたことを示すものも。さらには、上顎の粘膜面に現代でいうところの粘膜調整材のような目的で和紙が敷かれているものもあったという。このことから、日本は世界に先駆けて使える義歯を作っていたということになる。

     しかし、木床義歯の運命は大きく変わることとなる。そのきっかけは、黒船来航の開国である。そして近代化の波にのって、海外からゴム床義歯が流入してきた。これは木床義歯に対して「西洋義歯」と呼ばれ、木床義歯は西洋義歯に対して「皇国義歯」と呼ばれたという。

     日本の歯科医学もどんどんと近代化していき、制度も整備された。開業試験に合格した医師(歯科医師)が近代的な治療の担い手となり西洋義歯をつくり、皇国義歯の担い手だった口中医や入れ歯師は「従来師」とよばれ「入歯歯抜口中療治営業者」の札を下げることを許され、明治20〜30年代までどちらの義歯も混在した状態だったという。

     ただ、時代の流れの中で、次第に西洋義歯の勢いに押されて、200年以上の歴史を誇る皇国義歯は消滅してしまったのであった。

     

     我が国の誇るべき木床義歯。愛知県歯科医師会館の「歯の博物館」においては3つほど展示されていた。

    IMG_1142.JPG

     写真の上から、展示パネルの説明書きを下に引用したい。

     

    ‐絣槎攵価躓岨

    [木の種類]サクラ属

    [特徴]表面黒色部はお歯黒。口蓋部粘膜面に和紙の密着が認められます。

     

    ⊂絣槎攵価躓岨 寄贈 正木敦子

    [木の種類]ツゲ属

    [特徴]白い人工歯は、蝋石。刈谷市の庄屋、正木通平さんが明治初期に使用していたものです。

     

    2竺槎攵価躓岨 寄贈 安田修

    [木の種類]カキ属

    [特徴]表面黒色部はお歯黒。内面の白色部は、歯石です。

     

     やっぱり生の迫力は違う。従来師たちの恐るべき技術力よ。まるで、現在の義歯と相違ないじゃないか。口腔内の状態を見て、コンコン木を削って作るわけでしょ。すごい。

     さらに、義歯にお歯黒がなされているところをみると、実際にその時代の中に義歯が存在していたってことだよね。それも何だかすごい。

     

     皇国義歯が栄華を誇っていた江戸時代。入れ歯師たちが掲げていた看板も展示されていた。

    IMG_1151.JPG

     入れ歯師や口中医は明治時代に消滅してしまった。

    IMG_1152.JPG

     歯の痛みはやはり庶民の生活の中で相当な苦しみだったようで、絵にも残されている。歯を抜いてそこに入れ歯をつくる・・・歯科医師の基本的な仕事は江戸時代から変わらないみたい。とはいっても入れ歯師や口中医は現在の歯科医師とは直接的なつながりはない。むしろ明治時代初期には東洋と西洋の二項対立の元で、もしかすると敵対関係にあったかもしれない。

     明治初期の医制のあたりの話しは非常にややこしくて、ごちゃごちゃしていて、何度読んでもわけがわからなくなってしまう。ただ言えることは、最近、一部では入れ歯師や口中医の再評価も進んでいるそうだ。

     

     展示の中には西洋義歯と呼ばれていたゴム床義歯もあった。

    IMG_1176.JPG

     蒸和ゴムという材料で、現代の義歯の教科書的な作り方と同じ。ゴムってどんな質感なんだろう。触ってみたい・・・けど、ゴム床義歯はガラスの向こうだった。調整とかきかないよね。吸着とかどんな感じなんだろう。疑問は絶えない。

     さらには上顎に施されたお歯黒。お歯黒文化って結構残っていたんだね。

     

     いつか、現在の材料にとって代わるものが登場して、義歯の作り方もがらっと変わって、こういった資料館に「レジン床義歯:20〜21世紀にかけて作られた」とかいって展示されるような未来がやってきたりするんだろうか。

     

     

     

     長きにわたってお届けした愛知県歯科医師会館一階にある「歯の博物館」ルポ、これにて終了。とっても勉強になった。次は、神奈川県歯科医師会館の「歯の博物館」かな?!これからも個人的に歯学史を勉強していきたい。

     

     それでは、ばいちゃ☆

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